治療の前と後では心の変化もあるんですね。      母の心の満足を大きく感じます。

熊本県のご自宅で菜園を営んでいらっしゃる、川野知子さんに、2014年5月に済生会熊本病院にて大動脈狭窄症の新しい治療法、TAVI(経カテーテル大動脈弁治療)を受けられるまでの貴重なお話をうかがいました。(インタビュー実施:2014年6月)

治療の前と後では心の変化もあるんですね。
母の心の満足を大きく感じます。

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「年のせいだから」と治療には後ろ向き

最初に受診したきっかけをおうかがいできますか?

川野知子さん うちには菜園があるのですが、主人が亡くなってからは畑を耕したり、そういう仕事を私がしていました。その内に電話で息子と最近熱い湯船にいられん(入れない)ことになった話などをしていまして。だんだんに、やっぱり心臓が悪いかなーなんて思いながらも、もう年でしょ?だけん、この位のもんだろうと(笑)そう思っていました。

畑仕事などをされているときに、「以前より動きが辛い」とお感じになっていたのですか?

川野知子さん いえ、そんなに長い時間しないですから。自分で「このくらいでやめとこう」と思ったらそれだけにして。

中尾先生 知らず知らずのうちに、ご自分で軽めに制限していたのでしょうね。

川野芳則さん 母は毎月、病院に血圧の薬だけもらいに行っていたのですが、それ以外は元気だったんです。それが2~3年位前から歩いて買い物に行く途中、坂の上に信号があるのですが、信号が青になったのを見て渡ろうと急ぐと、動悸、息切れがするようになったと言い出したのです。役所に行ったり、片道2km くらいある病院にも前は歩いて行っていたのが、どうも休み休みしか行けなくなったと。それは本人もちょっと自覚はしていたのです。

川野知子さん 一気に行けないようになっちゃうのね。以前は信号を渡るのも、簡単に行けていたんですよ。でも信号にね、間に合おうと急ごうとしても、行けんようになったんです。

川野芳則さん それで何か薬を飲んでみたらと勧めたのですが、いらないというので、まあ年だろうと考えてそのままにしていたのです。痛みがあるわけでもないようでしたしね。それが今年になって、ギックリ腰のようになりましてね。母は普段一人暮らしをしていましたから、それでは不便だろうと私が1月の終わりから一緒に生活して、家事などをしていたのです。そのうち母が風呂に入ったり、風呂から上がるのがきついと言い出しまして。あるとき、母の食欲がない日があって、夜にコホンコホンと咳をしているのが聞こえたのです。それで翌日病院に行って診てもらったら、心不全ですね、と言われました。

中尾先生 そこで初めて心不全だと言われたのですね。

川野芳則さん はい、ただ原因は分からなくて、心臓専門の先生がいる大きい病院にかかりましたが、そのころには母はもうフラフラでした。そこで先生が心エコー検査をしてくださって、心臓の弁が悪いんじゃないかと。でも今度は本人がもう病院に行く必要はない、90歳にもなるのに今さら、などと言いまして。

川野知子さん 90じゃけん、もう死んでもよかよ、と思っていたんです。血圧以外で病院に行ったことがなかったし、もうよか、死んでもよか、って。

川野芳則さん ただそのとき先生が、最近TAVI という治療があるみたいだから一緒に見てみましようと、TAVIの治療アニメーションを見せてくださったのです。それで私は、これは希望が持てるのではないかと思いました。母は見ようともしなかったですけれどね。

弁膜症は、川野さんの例のように、痛みなどの具体的な症状が分かりづらいために、なかなか自覚できない病気なのですね。

中尾先生 そうですね。ご高齢の方を治療する際にお話をうかがっていると、皆さん年のせいで調子が悪くなったと思っておられる方が多いんですよ。お年が80歳や90歳近くなってくると、周りはそりゃそうだと思いますしね。けれど実は年齢だけの問題ではなく弁膜症が原因で、それが進行してしまったために治療が難しくなった、ということがあるのです。でもと自身で気づくのはなかなか難しい。やはり年を取ったからだと思って、片づけてしまうことが多いですよね。

川野さんの場合はまず心不全だと診断され、より詳しい検査のために心エコー検査を受けて、弁膜症と診断されたのですね。

川野芳則さん 大動脈弁狭窄症ですね。そこで初めて「弁がえらい(とても)狭くなっていますよ」と言われました。それからTAVIという治療をこちらの済生会熊本病院さんで昨年2013年の12月ころから行われている、ということで紹介状を書いていただきました。

川野知子さん 息子はそういうけれど、私は「年だから、しょうがないよ」と…(笑)。

川野芳則さん その一点張りでした(笑)。だから私がいろいろと先生から話をうかがって。でも母はもうほとんど聞こうとしなかったです。

お年のせいではなく、弁膜症という病気だったということをお聞きになったときは、どうお感じになりましたか?

川野知子さん それでも私は入院もせん、風邪薬をもらうぐらいでいい、どうもない(たいしたことない)と言っていました。

川野芳則さん でも先生からは「爆弾を抱えている」みたいなことを言われたんですよ。突然死の可能性があります、と。息子としては急に死んでもらっちゃ困りますから。いきなり外で倒れたりでは困るので。

ここに掲載された情報は、あくまで一般的な解釈に基づき疾病・治療法情報を提供する目的で作成されたものであり、 特定の手技等を推進するものではありません。個々の患者さんの診断および治療方法については、必ず医師とご相談ください。

登場者プロフィール

  • 患者さん

    川野 知子さん
    (90歳)

  • 息子さん

    川野 芳則さん

  • 監修

    中尾 浩一先生
    社会福祉法人 恩賜財団
    済生会熊本病院

    副院長 兼 循環器内科部長 兼
    医療連携部長

  • 監修

    押富 隆先生
    社会福祉法人 恩賜財団
    済生会熊本病院

    心臓血管外科副部長

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