ドクターヘリで運ばれた私が今、           地域のボランティアで活動していられるなんて。

2度の心臓バイパス手術を経験し、3度目の大きな心臓発作では治療が難しく、「ドクターへリ」で運ばれたという山田博さん。搬送先の小倉記念病院で冠動脈のステント治療(*1)を受けて小康状態を得るも、大動脈弁狭窄症が重症化していることが判明。過去にバイパス手術を受けているため、できればTAVI(経カテーテル大動脈弁治療)を選択すべきという結論になりましたが、TAVIはまだ保険承認前。承認が下りる日を指折り数えて待ち続け、保険が使えるようになった2013年10月、ついにTAVIを受けることができ、小倉記念病院では保険適用後の第1号患者さんになりました。治療後は、病気に苦しんでいた時期がうそのように思えるほど元気になり、地域のボランティアとして忙しい毎日を過ごしていらっしゃいます。その山あり谷ありの心臓病との闘いの日々を、先生方も交えて振り返っていただきました。(インタビュー実施:2014年4月)

ドクターヘリで運ばれた私が今、
地域のボランティアで活躍していられるなんて。

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ドクターヘリに乗せられて

山田さんはTAVIを受けられたわけですが、そのきっかけを教えていただけますか?

山田博さん 私が今回小倉記念病院のお世話になったのは、実はドクターヘリに乗せられて、という形だったんです。もともとは地元の宮崎県・延岡の病院で心臓の治療をしてもらっていまして、すでに2度心臓バイパス手術(*2)を受けていたのですが、2010年の7月末にまた調子が悪くなったんです。布団の上げ下げで胸が痛くなるし、階段やちょっとした坂を上がったり、10kgぐらいの荷物を持つのもダメでした。苦しくてニトログリセリンの舌下錠をなめ続けて、足りなくなるとまた病院に行って…。それで病院のほうでも対応できません、ということでドクターへリに乗って、こちらの病院に来たんです。

山田よう子さん ヘリで運ばれたときは、地元の病院では治せないほどの重症なのかと。それこそ天に見放されたような最悪の気持ちだったみたいです。そしてこちらの病院で心臓の冠動脈にステントを2本入れていただいて。そうしたら今度は弁が悪いと言われました。

山田博さん 大動脈弁が悪いと延岡の病院でも言われていて、心臓の圧力が高くなったら手術しなければならない、ということは聞いておりました。この病院にきて、近いうちにカテーテルで入れる弁が承認されるので、待てるうちは待とうということで、いったんは2012年に退院したんです。

山田さんが小倉記念病院を受診される前のことですが、普段はどういう生活をされていたんですか?

山田博さん 以前は魚釣りによく行っていたんですが、心臓が悪くなってからは「皿回し」とか。大分に皿回し協会の本部があるので、そこでしたり。次々に棒を立てて何枚も回しますから、結構力を使うんです。それからエコクラフトでカゴを作ったり。胸が痛くないときは草刈りなんかもしました。でも刈っている間はいいんですが、草を集めて持ち上げようとすると胸が痛くなって。

山田よう子さん とにかく、力を入れて胸を圧迫するような作業が悪かったみたいです。

山田博さん 布団をたたんで押し入れに入れるときも、途中で布団にうずくまったりして。だから結局は、どうしてもやってもらう。それが辛かったです。

 

*1 血管内部にカテーテルを使って金網状の筒を入れ、血管の詰まりを治す治療。

*2 血液の流れが悪くなった心臓の冠動脈にほかの血管をつないで血液を確保する手術。

ここに掲載された情報は、あくまで一般的な解釈に基づき疾病・治療法情報を提供する目的で作成されたものであり、 特定の手技等を推進するものではありません。個々の患者さんの診断および治療方法については、必ず医師とご相談ください。

登場者プロフィール

  • 患者さん

    山田 博さん
    (75歳)

  • 奥様

    山田 よう子さん

  • 監修

    白井 伸一先生
    一般財団法人 平成紫川会
    小倉記念病院
    循環器内科部長

    1995年 京都大学卒業
    1999年 小倉記念病院
    2014年
    小倉記念病院
    循環器内科部長

  • 監修

    新井 善雄先生
    一般財団法人 平成紫川会
    小倉記念病院
    心臓血管外科部長

    1994年 山口大学卒業
    2006年 小倉記念病院
    2011年
    小倉記念病院
    心臓血管外科部長

その他のストーリー

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