治療に踏み出した二人の患者さん、            元気を取り戻し、以前と変わらぬ生活を送っています。

舟越さんは、散歩や畑の手入れを日課としていましたが、長い間に少しずつ心臓の機能が低下し、どちらもままならなくなりました。松本さんは、毎日坂を下って買い物に出かけ、友達とおしゃべりをするなど元気に過ごしていたところ、急に胸の苦しさを感じ、救急搬送されました。それぞれ異なる経過で大動脈弁狭窄症と診断され、九州大学病院でTAVI(経カテーテル大動脈弁治療)を受けました。治療を受けるまでの気持ちや術後の生活などについて、ご家族や先生方を交えてお話をうかがいました。(インタビュー実施:2015年10月)

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それぞれの経緯


大動脈弁狭窄症と診断されたときのことと、それまでの日常生活について教えてください。

舟越鐵也さん 1998年頃から、家から少し離れた土地に畑を作って、毎日通っていました。畑は、家からは700mくらい離れた丘陵地にあって、高低差も15mくらいあるんです。年も年ですから、坂を上って畑仕事をすることが少しずつ負担になってきました。だんだん、途中で休憩しないといけないくらい息切れするようになって2010年頃には畑仕事も以前の半分ほどしかできない状況になってしまいました。地元の病院で検査したところ、冠動脈の狭窄が2カ所にあるのと、大動脈弁の働きも悪くなっていることが分かりました。

松本千年さん 私は、町まで買い物に行って、知り合いとおしゃべりをしてから戻ってくるのが日課でした。

松本さんの息子さん 母が住んでいるのは長崎県の坂の多い港町で、家は町から50mほど高くなったところにあるんです。毎日、坂とその途中にある長い階段を、下りて、また上って、を繰り返していました。

松本千年さん おかしいなと思ったのは、2014年1月6日でした。朝はいつものように出かけたんですけど、少し
苦しい感じがしたのでかかりつけの病院に行ったら点滴をしてくれました。その夜、休もうと思って横になってもまだ胸がちょっと苦しくて。不安だったので、近くに住む弟に「大きい病院で診てもらいたいから連れていって」と言って、車を出してもらったんです。でも、途中でどんどん苦しくなってきたので、引き返して救急車を呼んで、酸素マスクをしてもらいながら病院に運ばれました。

松本さんの息子さん その搬送先の病院で、大動脈弁狭窄症と診断されたんです。

 

※ ここに掲載された情報は、あくまで一般的な解釈に基づき疾病・治療法情報を提供する目的で作成されたものであり、特定の手技等を推奨するものではありません。個々の患者さんの診断および治療方法については、必ず医師とご相談ください。

 

ここに掲載された情報は、あくまで一般的な解釈に基づき疾病・治療法情報を提供する目的で作成されたものであり、 特定の手技等を推進するものではありません。個々の患者さんの診断および治療方法については、必ず医師とご相談ください。

登場者プロフィール

  • 患者さん

    舟越 鐵也さん
    (88歳)

  • 息子さん

    舟越 邦明さん

     

  • 患者さん

    松本 千年さん
    (88歳)

  • 息子さん

    松本 聖一さん

  • 監修

    園田 拓道先生

    九州大学病院
    ハートセンター
    心臓血管外科
  • 監修

    大井 啓司先生

    九州大学病院 
    ハートセンター
    循環器内科
  • 監修

    有田 武史先生

    九州大学病院 
    ハートセンター
    第一内科
  • 監修

    横山 拓先生

    九州大学病院 
    ハートセンター
    第一内科

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